体力気力が常に枯渇している人間にとって、何をやって何をやらないか、という取捨選択は非常に重要です。

これを誤ると、日々の生活が苦しいものになるだけではなく、人生そのものを無駄にしてしまうと言っても過言ではありません。

逆に言えば、取捨選択を制する者は人生を制す!!とも言えます。(ちょっと大げさですが)


【1】絶対に欠かせないものとは


今更書くことでもないですが、我々人間は、生物です。

生きていくために、欠かせないことは

①バランス良く栄養を摂ること

②十分な休養(睡眠)をとること

この二つではないでしょうか。


ではこの二つを満たすために何が必要かと言えば、

①最低限の衣食住を満たすためのお金

②食事や休養をとるための時間

ですね。


やはり生きていくためにお金は必要です。

例えば日本で、生活するためのお金を手に入れる方法は、主に

①自分が働いて稼ぐ

②誰かの扶養に入る

③生活保護や、年金を受給する

の3つではないでしょうか。


個人的には、やはり働いて稼げるくらい心身が健康であるならば、何か仕事をした方がいいと思っています。

本音を言えばニートになって何もしないで遊んで暮らせればそれに越したことは無いですが、現実問題それは難しい世の中です。

それに働くことで社会への帰属意識や自己肯定感も保たれますから、やはり働くことが可能な人は働いた方がいいなと個人的には思います。

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【2】働きたくても働けない時は


そうは言っても、やはりどう頑張っても働けない人は存在するわけです。

自分自身が以前精神疾患でとても働ける状態ではないという時期を何年も経験しただけに、「何が何でも働け!!」「働かざるもの食うべからず!!」みたいな風潮は正直しんどいです。


働けない事情は人それぞれあると思いますが、

○健康上の理由

○介護や育児のため

○働く場所が無い(地域の問題その他もろもろ)

○求職に励んでもなかなか採用されない

○障害などにより、自分に合う職業が限定されている

○配偶者が「家事に専念して欲しい」などの理由で就業を許してくれない

○親の資産や配偶者の収入で十分豊かな暮らしが出来るため、働く必要が無いし無理に働きたいとも思わない


その他もろもろの理由があるでしょう。

そして、それぞれの事情で決めた働かないという選択肢は決して他人から非難されるものでも恥じるものでも無いと私は考えます。

病気や障害でどうしても働けないなら、生きるために生活保護等の公的支援に頼るのことも必要なのではないでしょうか。

いろいろ言ってくる人もいますが、そもそも生活保護という制度は国によって定められたものであり、それを正しく利用する分には何の非も無いはずです。(当然、不正受給などはもっての他ですが)

これらの制度は国が法律にのっとって定めた制度であり、それを正しく利用している人たちには何の罪もないわけですよ。

だから、現在ある制度は堂々と大きな顔をして利用すればいいんです。

不正受給など、やましいことさえしなければ、誰からも批判される必要はない。

間違ったことは何もしていないのですから。